2017/03/28

アメリカは自由な国。しかしビザで苦労する国です。

MAIKOさん

<プロフイール>
奈良県生まれ。日本の大学を卒業後、5年の学習塾勤務を経て渡米。
カリフォルニア州の大学でTESOLプログラムを修了後、複数の日系企業で勤務。趣味は料理と雑貨屋巡り。

現在、ロサンゼルス郊外のトーランスにある日系の通信会社で正社員として働いているMAIKOさん。

海を渡って12年。現在はアメリカ人の旦那様と愛犬と暮らしている。

結婚して3年。

「休日は旦那とごはんしたり、犬と遊んだり・・、最近は家庭菜園も始めたんです」

普通の暮らし。それが一番だと話すMAIKOさん。

でもその人生は山あり谷あり。いや、谷あり谷ありだったという。

 

英語が苦手だった学生時代。

「唯一、英語がだめだったんです。なので、英語の塾に行きました」塾の先生の教え方がMAIKOさんにはまったのか、その後英語の成績は急上昇。英語が大好きになる。

得意な英語を活かしたいと、大学の英文学科に進む。

「当時は、英文学科も英語学科も区別がつかなかったんです」

英語で文学を学ぶ大学生活に疑問を抱きながらも、大学3年生の時にアメリカのアイダホに短期留学。そこですべてが変わった。「すべてが新鮮!すべてが感動!行ってよかったです」帰国して就職活動。「就職活動に失敗したのです」行きたい会社に就職できず就活に燃え尽きてしまったと笑う。

〈自分は何が好きなんだろう〉自問自答し、出した答えは「私は教えるのが好き!」

英語を好きになったという原点。学生時代に通っていた塾で英語を教えることを選んだ。「5年間、塾で英語教師をしていました。居心地もよく楽しかったのですが将来が不安になりました」

Cramschool pic 1 1

【この5年間ステップアップしていない】

悩んでいたMAIKOさんはアメリカ留学を決意。

Home Stay pic 1

Home Stay pic 2

「ビジネス英語を身につけたい」

そしてUniversity of California San Diego(カリフォルニア大学サンディエゴ校)へ。そこでTESOL(英語教授法)の資格を取得。

「母親も、出世払いでいいからと学費を応援してくれました」

「日本に帰るという選択はありませんでした」

 

卒業後、OPTビザで日系の食品商社で勤務。

アメリカは何でも挑戦できる場所。

誰からもジャッジされないし、いろんな人がいろんな生き方をしている。

人生は1度きり。

この場所で自分の人生を賭けてみよう。

しかし、その会社はそのあとのH1Bビザのサポートはしないという。

ビザが切れる。その期限は迫っていた。

MAIKOさんは次の仕事を探した。

「ビザサポートをしてくれる会社は多くはありません」

もうダメかとあきらめ、部屋の家具を売りに出す。

そして自分の代わりに今の部屋に住んでくれるルームメイトを探し出し、泣く泣く帰国の準備に入った。

「ここまで頑張ったからいいやん。帰っておいで。何とかなるよ」

電話での母との会話。

 

しかし、帰国直前でMAIKOさんに〈ビザサポートしてくれる会社がロサンゼルスにあるよ〉と情報が入る。

すぐに面接に飛んでいきOKに。すでに家を引き払う準備をしていたMAIKOさんは、社長宅に居候。

しかしなんとその会社が入社6か月で倒産!

またMAIKOさんは帰国を余儀なくされる。

また帰国準備を始めたMAIKOさんだったが、また救いの神が現れる。

E1ビザサポートをする日系の貿易会社が社員募集をしているという。

ビザを切り替えここで4年間勤務した。

順調かに見えたMAIKOさんのアメリカでの就業だったが、リーマンショックで一転する。

「会社の業績が下がり、従業員の多数が解雇。私も解雇メンバーでした」

リーマンショック後のアメリカ。ビザサポートでの採用は厳しい。

ロサンゼルスの人材会社に登録するも、なかなか仕事は決まらない。

「もう、これまでか」何度目かの帰国準備。

しかし、この人材会社から朗報が入る。

〈当社で働きませんか?〉

 

「私はいつも、崖っぷちまで行って最後に拾ってもらえるのです」

しかし、リクルーティングの経験がないMAIKOさんは思ったように成績が伸びない。

結果が出せない社員を長期雇用するほどアメリカの企業は甘くはない。

「これで最後か。もう日本に帰らなくてはいけないかもしれない。人生最大の落ち込みでした」

 

しかしMAIKOさんに運はまだ残っていた。

「グループ会社であったシカゴの支店の代表から、こっちやってみないかと声をかけていただいたのです」

ロサンゼルスとシカゴでは、顧客となる企業の種類が全く違う。

「やり直すことができる」

MAIKOさんはシカゴに飛んだ。

 

「これが最後だ。死ぬ気で頑張れ」

父からメッセージが届く。

 

「土日も出社しました。車業界を担当していたのですが、車の部品や、クオリティコントロールエンジニアのことなど、業界に関係することは全て調べました」

 

そんな多忙なMAIKOさん。それなりに結果を出し、2年半たった頃、ある事件?が起こる。

「日本の友人から、アメリカに行くので〈遊ぼうよメール〉があったのです」

しかし仕事に忙しいMAIKOさん、もう、何か月も自分のメールを開いていなかった。

「友人が何度か私にメールをしたようなのですがメールに気づかなくて」

何度メールをしても返信がない。心配した友人は、MAIKOさんの身に何かあったのではないか?とSNSを使ってMAIKOさん探しを始めた。

「その時に友人が、ロサンゼルス時代に付き合っていた元彼にも連絡していたらしく」

なんと、元彼からMAIKOさんの職場に電話がある。

「びっくりしました。何が起こってるんだろって(笑)」

 

MAIKOさんの無事を確認するため、元彼はロサンゼルスからシカゴにやってきたという。

 

「元気だって言っているのに、安全を確認したいって(笑)」

 

その彼が今の旦那さんだ。

MAIKOさんは結婚を機に仕事を辞めてロサンゼルスに。

 

 

「アメリカ生活当初は、ビザの心配ばかりしていました。何度、壁にぶち当たったかわかりません。でも、今、その時を一生懸命に生きていたら、救いの手が出てくる。どういう環境にいても、あきらめないで今できることをやる」

 

そんなMAIKOさん、幸せを感じるのは、

「普通の毎日の生活です」と笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

最新インタビュー

2017/07/12
グエン フォック クゥイ トウオンさん

2017/04/13
安 星 さんさん

2017/04/11
大島 嘉仁(おおしま よしひと)さんさん

2017/03/28
MAIKOさん

2017/03/13
株式会社アンカーマン        代表取締役 和田直人さん

バックナンバー